“ かつて蓮見重彦が「スクリーンを見よ」と訴え表層批評宣言したのは、要するに、このような武田泰淳的な批評では映画の本質を見逃してしまうということを言いたかったからだ。ロラン・バルトあたりを普通に通過してる僕らにとっては「テクストそれ自体」を読むという概念は理解するに容易だ。ある作品を、自分の主義主張、嗜好、環境、状態、感情によって判断を下すことは「誤った読み」であり、それはテクスト自信に語らしめることで生ずるエクリチュールの快楽を疎外する。だからイデオロギー(マルクス主義とか精神分析学とかフェミニズムとか)いった既成概念から立ち上げられた批評や分析もまた誤りなのだ。しかし問題なのは「誤った読み」もまた一つの「読み」であることには違いないということで、結局は正しいと言えることなど別にないよねーってアホみたいな意見には誰も文句言えない ”
[mixi] ツタンカーメンさん | 『タデ食う虫と作家の眼』